エステルゴムとセンテンドレの観光とドナウ川ナイトクルーズ
センテンドレの地図
13:30
オプショナルツアー。全員参加する。ハンガリーとスロヴァキアの国境の町、エステルゴムと、セルビア人が13世紀に作った小さい街、センテンドレの観光。
まずは、ブダペシュトの北西40kmのエステルゴムに行く。ここは、近年、日本のスズキ自動車が大規模な組み立て工場を進出させたところ。この都市は人口
3万人というドナウ川沿いの小さな町であるが、この町の起源はローマ時代までさかのぼる。また、ハンガリー・カソリックの総本山であり、ローマカソリック
の大司教座としての地位を保っていたところである。一時は、オスマン・トルコに占領されていた時期もあっただけに、要塞化されている。
![]() エスコルゴム大聖堂の裏側からドナウ川を望む。対岸はスロヴァキア。 |
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14:50 エステルゴムの大聖堂に到着。巨大なドームを擁する教会。ドームの高さが64mとか。左上の写真に写っ ているのは、アンモナイトが閉じこめられた赤大理石である。教会内に入ると、リストが自ら作曲した荘厳ミサ曲を演奏した記念のパネルが嵌められていた。巨 大なパイプオルガンが設置されていて、修復維持のための基金として、堂守の老人がCDを10ユーロで販売している。次々と買っているので、私も一枚求め る。持ち帰って聞いてみると長い歴史を積み課された感のある重い響きの音色のオルガンであった。堂守のおじさんが照明をつけてくれ、装飾がはなやかさが伺 われた。すべて明かりがともった中でのミサはさぞやと思った。赤大理石の重厚な感じの教会堂である。床のモザイク模様も美しい。大司教座として、教皇選挙 に立候補するほどの実力を持っていたほどの財力のあった教会とのこと。教会の裏には、ドナウ川がゆったりとカープを描いて流れており、対岸のスロウ゜ァキ アが目の前に広がっている。
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次に、ブダペシュトに戻りながら、バスを走らせ、センテンドレに立ち寄る。丘を中心にいろいろの宗派の異なる教会が いくつも建ち並ぶ小さな街である。夕闇が忍び寄る時間で、つぎつぎと明かりがともり、なかなかの風情のある街である。この町は、やはり、ドナウ川沿いの人 口約2万人という小さな町である。この町の起源はオスマン・トルコに攻められて移住したセルビア人の商人によって作られたとのことである。ドナウ川が大き く湾曲したほとりで、水上交易に適したところであったろう。度々の水害に遭って、小高い丘に町が作られた。ここの特徴は、いろいろな宗派の教会が建ち並ん でいるところである。現在は、ブダペシュトから約20kmという近さから、観光客も多く、近郷は通勤者の ベットタウンとなっている。
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18;00前にホテルの戻り、19:00からホテルを立ち、ビール醸造工場跡に出来たレストランで夕食を摂る。ここ
で醸造されたビールを飲む。なかなかこくのあるおいしいビールであった。料理はスープ、ロールキャベツ、デザートはジャムの付いたクッキー状のもの。この
レストランでも3人ほどで、演奏して回る。今日は昨日の演奏より落ちるので、皆さん、チップも出そうとはしなかった。
夕食後、オプションでドナウ川のナイトクルーズに参加する。24人が参加。21:00から1時間ばかり、50人乗りの船であろうか、この船で、ワンドリン
クサービスの赤ワインを飲む間も惜しんで、写真を撮る。鎖橋、漁夫の砦、旧王宮、黒海議事堂など、夜間照明で彩られて、川面に映り、見事な夜景である。
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最近、照明の方式を替える、大かがりな工事が完了して、大幅な電気代の節減になったそうである。鎖橋や丘の砦や王 宮、ペシュト地区の国会議事堂、また、温泉保養施設などが、照明で彩られて美しかった。ところで、このプダペシュトは、温泉が豊かなに湧出するところで、 そのため、温泉好きの古代ローマ人によって前線基地として町が築かれたところである。我々の泊まったホテルにも温泉プールがあり、泳いだ。ぬるいお湯で あった。